ぼんやりとした頭を持ち上げ、立ち上がらない思考のまま辺りを見回す。窓から見える色は黒。
仕事が終わるのが6時だから、1時間くらい寝ていたのだろう。お腹がいい感じに空いている。
食堂に行くのもいいけど、なんとなく共同のキッチンで自分で作ろうと思った。
私の部屋からすぐだし、何より安いし。
私はベッドからいそいそと抜け出し、キッチンに向かった。
キッチンにはセラとジル、加えてリルグという顔ぶれが揃っていた。
リルグはここの常連だが、セラとジルがいるのは珍しい。
というか、あの二人料理は出来るのだろうか。
素朴でいて、致命的かつ危険性溢れるそんな疑問だが、
大人なら大人らしくスルーだな。うん。
共同キッチンは学校でいう家庭科室に当たるところで、
流し場や作業場、火事場のついたお馴染みの台が6台ほど並んでいる場所であり、
隣の部屋には食べるスペースも用意されており、
どんな時間に来ても誰かしらが調理をしているという、
ユグドラシルの中でも3、4位を争うみんなの憩いの場である。
部屋の左隅には飲食店の冷蔵庫もかくやというほどの巨大な冷蔵庫が3つもあり、
そこにギルドの自炊組が食材を詰め込んでいる。
「あ、リアだ。やっほーっ」
包丁を持った手でこっちに手を降るものだから、リルグに注意されている。
いつものセラの元気良さに癒されながら彼女らの台に近づいていく。
「やっほ、セラちゃんに少年A。何作ってるのかな?」
「今日はなんとハンバーグだよっ。リルグに教えてもらいながら作ってるんだ」
「や、セラ。作業してるのほとんど俺じゃないか」
「今は休憩中なのっ。ちゃんと玉葱は切ったじゃない。
それで名誉の負傷を負ったんだから、ちょっとは気遣ってくれてもいいじゃないの」
膨れるセラ。目が赤いのはそのせいか。
「リアさんは何を作るんです?」
「秋刀魚じゃないか?」にゅっと現れるジル。
どうしてこうも、みんな私の考えることがわかるのだろうか。
「ん、当たり。にしても何でわかるの?ちょっと前にミルミアにも当てられたんだけど。
もしかして、私無愛想キャラには思考を読み取られるとか弱点属性があるとか?」
「なーに、顔を見てりゃ嫌でもわかる」
またか。そんなに顔に出るのか。
いや、今回は特に食べ物に関しては考えてなかったハズ。
ただリルグとセラを見ながら若いなぁって思ってただけだし。
「ところで、付け合わせは何にするんですか?
さすがに秋刀魚だけで食べるわけにもいかないでしょう?」
私がショックを受けているとリルグが苦笑しながら聞いてくる。
「あー、そういや考えてなかった。何かちょうど良いのあったかなぁ」
ごそごそと冷蔵庫を漁ってみる。肉もなければ魚もない。どっちみち魚は捌けないけど。
野菜がちょろっとに後は卵にお酒。はてさて、これはどうしたもんか。
「良かったら僕らと食べませんか?」
「お、良いの?さすがに秋刀魚とご飯だけってのは寂しいからね。ありがたくご一緒させてもらうよ」
「ふむ、秋刀魚一品で私たちの食卓に参加するつもりか?
もう一つくらい何か持ってくるのが筋というものだと思うが」
いつの間にか耳が出ているジルが横目でこっちを見ながら言う。
って、わ、この子ちゃんと料理してるよ。
何だ?と、私の心底驚いたような顔を見て怪訝そうな表情を向けるジル。
「いや、人は見かけに因らないもんだなぁ、と」
「どういう意味だ、リア?返答如何によってはこの野菜と同じ運命を辿ってもらうが」
綺麗に千切りにされたキャベツを見て、更にその思いが強まったことは黙っておく。
「ジルって料理出来なそうだもんね〜」こちらの意図を見事に汲み取って、
言葉を継いでくれるセラ。ぐっじょぶ。隣をみるとリルグもなんか納得顔だ。
「う、うるさいっ」顔を赤らめ怒るジル。気にしてたのか。
「前はまったくだったのに、誰かさんの為に作ってあげてたら上手くなったんだよね〜っ」
「確かにあれは頑張ってたなぁ。作ってもらった人も凄く喜んでたし」
二人してニヤニヤしまくっているリルグとセラ。
盛り上がる二人に比例して、ジルの顔も更に赤くなっていく。これは面白い。
「う、うるさいと言ってるだろうっ!」
ガーっ、と顔を真っ赤にして怒るジル。
まぁ、そりゃ怒るだろうが、それじゃ認めてるようなものだ。やはり面白い。
「あれ、ジルって彼氏いたんだ?」
私を差し置いてという心の叫びはさておいて、初耳だったので聞いてみる。
「いやいや、そこには色々と事情がありましてね」
「言ったらコロス、地の果てまで追いかけてでもコロス」
ハンバーグの種をこねこねしながらすっごいニヤニヤしつつ、
絶妙な距離を取りながらセラが私の側にやってくる。
リルグはリルグで素知らぬ顔――いや、あいつもニヤニヤしてやがる――でお湯を沸かしている。
こいつら鬼だ。
「リアになら言っても良いかなっ。あ、の、ね〜っ」
と、セラが耳打ちをすると見せ掛けて、凄いスピードでしゃがみ込む。
そして、更に物凄いスピードでその上を通り過ぎていくジル。私が見えたのはしっぽだけだったが。
数瞬遅れて響く激しい物音、そちらの方を振り向くと、
古めかしい掃除道具入れがその人生を終えていた。
今まで私たちの掃除道具を守ってくれてありがとう、成仏してくださいと冥福を祈りながら、
窓ガラスに突っ込まなくて良かったなぁ、とかほのぼのとしたことを考えていた。
あ、これ一種の現実逃避なのかなとか考えていると、
賑やかな音をたてながら腕が掃除道具入れの残骸の中から現れた。
その手には包丁を持って。うーむ、これはマズい。 →次へ